石畳の彼方の時計塔へ
主に日記。音楽や本などのことも書いていきますv ゆっくりしていってください(*>_<*)
2006'10.19 (Thu)
今日とある人にメールで言ったことですが
自分にとっての「他人」って3種類にわけられると思う。
ひとつは、顔もみたくない、側にいないでほしい人。
もうひとつ、来るなら来ればいいし、去るなら去ればいいっていう人。
最後に、大切な人。
あたしは、大切な人が精神的に去ろうとするなら、自分にできるだけの努力をして頑張りたいと思う。やっぱり、大切な人のことまで、「あぁ別に離れるなら仕方ないんじゃない」なんて思えない。
けど、なんにだって潮時がある。そうしてなんども努力が潮時を迎えてなくなってしまった関係がある。
やっぱり、一部からだけでも、いなくなられたら困るって言われるような人になりたい。なくなってしまった関係を思うとき、あのときそんな人になれていればなぁ、と思う。そして、あのときもそう思ったのに、あたしは進歩がないなあとちょっと苦笑。
けどまあ、世の中には仕方ないこともたくさんあるよね。自分の力だけでどうにもならないことがね。
そんなことを、ちょっと思っています。
自分にとっての「他人」って3種類にわけられると思う。
ひとつは、顔もみたくない、側にいないでほしい人。
もうひとつ、来るなら来ればいいし、去るなら去ればいいっていう人。
最後に、大切な人。
あたしは、大切な人が精神的に去ろうとするなら、自分にできるだけの努力をして頑張りたいと思う。やっぱり、大切な人のことまで、「あぁ別に離れるなら仕方ないんじゃない」なんて思えない。
けど、なんにだって潮時がある。そうしてなんども努力が潮時を迎えてなくなってしまった関係がある。
やっぱり、一部からだけでも、いなくなられたら困るって言われるような人になりたい。なくなってしまった関係を思うとき、あのときそんな人になれていればなぁ、と思う。そして、あのときもそう思ったのに、あたしは進歩がないなあとちょっと苦笑。
けどまあ、世の中には仕方ないこともたくさんあるよね。自分の力だけでどうにもならないことがね。
そんなことを、ちょっと思っています。
2006'10.07 (Sat)
一生懸命やること
なんか…なんか違うだろと思ったので書きます。
学校関係じゃない人には関係のない話でごめんなさい。
下馬(合唱祭)は、基本クラス単位で出るわけですが、それにエントリーしなくてもいいんじゃないかって言っているクラスがあるんですね。
確かに、やる気なくてひどい歌を発表するならエントリーしないほうがっていうのもわかるし、理屈は通ってると思います。
けど、違うだろって思うんですよ。
なんていうか…かわいそうだなあと思います。
まず、そのクラスに運で配属されてしまったがために合唱やりたくてもできない人がでてくるなら、迷うことなくその人たちはかわいそうだと思います。
有志団体の募集もしてるので、やりたいなら有志でやれば…っていう人がいると思いますが、それって違いますよね?クラスでみんなでやっていくっていうクラス合唱をできなくなってしまうんですから。
そして、「やらなくていいんじゃね?」「出なきゃいいじゃん」って言える人たちもかわいそうだなあと思います。
やりたくなかったらなんにもやらなくていいわけじゃない。やりたくないことでも本気になってやるってことができないのってかわいそうだなと思います。
あたしは運動苦手だしだいっきらいですが、それでも体育祭でないでおこうとは思いませんよ。嫌なことでもそれなりに一生懸命やることで得られることがあるって知ってるから。結果足が遅くてみんなに迷惑をかけようとも、あたし自身に得るものがある。面倒だから、嫌だから、で逃げなかったことに価値があると思います。
努力すること、協力することに価値がある場でそれを放棄すること、真剣になれないことって、なんかすっごく大切なものを捨ててると思う。というか、最高にかっこ悪い。
別に、最終的に出ないのは勝手だと思いますよ。
けど「出ないでおこうぜ」「面倒じゃん」って言ってる奴らは、一生懸命やりたい人の気持ちや自由や権利までも邪魔して奪っていることと、学校全体の「下馬をいいものにしたい」っていう人たちの気持ちを踏みにじっているということを自覚すべきだと思います。それでもまだ協力することができないって言うなら、もう勝手にすればいいと思う。
けど少なくとも、一生懸命にやることを「くだらない」といってしまえる奴ら、面倒ならやらなくていいってわがままを突き通そうとする奴らは、あたしは信用できないなと思いました。
敵を増やしたかな?笑
まあやりたくない人が多いってのは仕方ないことだと思いますよ。
けど、やりたい人もいる中で、担任が「出ないっていう手もあるんじゃない?」とか「出なくても済む委員会を納得させる頭のいい方法を考えましょう」とか冗談交じりにでもいうもんじゃないと思う。
やりたい人、真面目な人の邪魔をしちゃいけないでしょ。
だって、「めんどうだから」を屁理屈でカバーして通るようにしなさいって言ってるんでしょう?
別に先生と論理で戦う気はないけど、あーあって思いました。
学校関係じゃない人には関係のない話でごめんなさい。
下馬(合唱祭)は、基本クラス単位で出るわけですが、それにエントリーしなくてもいいんじゃないかって言っているクラスがあるんですね。
確かに、やる気なくてひどい歌を発表するならエントリーしないほうがっていうのもわかるし、理屈は通ってると思います。
けど、違うだろって思うんですよ。
なんていうか…かわいそうだなあと思います。
まず、そのクラスに運で配属されてしまったがために合唱やりたくてもできない人がでてくるなら、迷うことなくその人たちはかわいそうだと思います。
有志団体の募集もしてるので、やりたいなら有志でやれば…っていう人がいると思いますが、それって違いますよね?クラスでみんなでやっていくっていうクラス合唱をできなくなってしまうんですから。
そして、「やらなくていいんじゃね?」「出なきゃいいじゃん」って言える人たちもかわいそうだなあと思います。
やりたくなかったらなんにもやらなくていいわけじゃない。やりたくないことでも本気になってやるってことができないのってかわいそうだなと思います。
あたしは運動苦手だしだいっきらいですが、それでも体育祭でないでおこうとは思いませんよ。嫌なことでもそれなりに一生懸命やることで得られることがあるって知ってるから。結果足が遅くてみんなに迷惑をかけようとも、あたし自身に得るものがある。面倒だから、嫌だから、で逃げなかったことに価値があると思います。
努力すること、協力することに価値がある場でそれを放棄すること、真剣になれないことって、なんかすっごく大切なものを捨ててると思う。というか、最高にかっこ悪い。
別に、最終的に出ないのは勝手だと思いますよ。
けど「出ないでおこうぜ」「面倒じゃん」って言ってる奴らは、一生懸命やりたい人の気持ちや自由や権利までも邪魔して奪っていることと、学校全体の「下馬をいいものにしたい」っていう人たちの気持ちを踏みにじっているということを自覚すべきだと思います。それでもまだ協力することができないって言うなら、もう勝手にすればいいと思う。
けど少なくとも、一生懸命にやることを「くだらない」といってしまえる奴ら、面倒ならやらなくていいってわがままを突き通そうとする奴らは、あたしは信用できないなと思いました。
敵を増やしたかな?笑
まあやりたくない人が多いってのは仕方ないことだと思いますよ。
けど、やりたい人もいる中で、担任が「出ないっていう手もあるんじゃない?」とか「出なくても済む委員会を納得させる頭のいい方法を考えましょう」とか冗談交じりにでもいうもんじゃないと思う。
やりたい人、真面目な人の邪魔をしちゃいけないでしょ。
だって、「めんどうだから」を屁理屈でカバーして通るようにしなさいって言ってるんでしょう?
別に先生と論理で戦う気はないけど、あーあって思いました。
2006'09.28 (Thu)
明日
あぁー
テンション下がってます。
なんか無性に哀しい気分です。夜風があたたかくて優しいです。くつをひっかけて図書館に行きながら嬉しいような哀しいような気分でした。
明日はあたしにとってある種 勝負な日です。
明日が過ぎればあたしの中だけか状況全部かわからないけど、何かしら変わると思います。
いい結果でも悪い結果でもね。
というかどういうのがよくてどういうのが悪いのかわからない。
自分が望んでいることはわかるけどどこまでわがまま言っていいか、抑えるべきか、つかめない。
まぁけど…なるようにしかならないんだろうなあ。
ただただ、後悔しないようにできるだけ努力することを目指したいです。
・・・そうは言っても迷う。
話すか話さないか。どういう言い方をするか。
緊張はしてないつもりだけどしてるのかも。なにせ、今までずっと、言ってなかったことだからね笑 あー、明日の放課後が来て欲しいのか来て欲しくないのかわからない。
抽象的な独り言ごめんなさぃ苦笑
ほかにも書きたいことあったんですけど忘れちゃいました(ぁ
そういえば今日書くって言ってた委員会についてはちょっときょうかけなくなったので落ち着いたら書きます汗
じゃあ、曲紹介。
テンション下がってます。
なんか無性に哀しい気分です。夜風があたたかくて優しいです。くつをひっかけて図書館に行きながら嬉しいような哀しいような気分でした。
明日はあたしにとってある種 勝負な日です。
明日が過ぎればあたしの中だけか状況全部かわからないけど、何かしら変わると思います。
いい結果でも悪い結果でもね。
というかどういうのがよくてどういうのが悪いのかわからない。
自分が望んでいることはわかるけどどこまでわがまま言っていいか、抑えるべきか、つかめない。
まぁけど…なるようにしかならないんだろうなあ。
ただただ、後悔しないようにできるだけ努力することを目指したいです。
・・・そうは言っても迷う。
話すか話さないか。どういう言い方をするか。
緊張はしてないつもりだけどしてるのかも。なにせ、今までずっと、言ってなかったことだからね笑 あー、明日の放課後が来て欲しいのか来て欲しくないのかわからない。
抽象的な独り言ごめんなさぃ苦笑
ほかにも書きたいことあったんですけど忘れちゃいました(ぁ
そういえば今日書くって言ってた委員会についてはちょっときょうかけなくなったので落ち着いたら書きます汗
じゃあ、曲紹介。
2006'09.27 (Wed)
おつかれさま
2006'08.12 (Sat)
靖国問題
語っていいですか。
今日8時から4チャンのウェーク!って番組で取り上げられてたので。
あたしは首相の靖国参拝って間違ってないと思うんです。というか、すべきだ、というより、そんなの個人の自由だって感じ。
首相が国のために頑張ってくれた人たちをまつっている神社を参拝したいと思うならすればいいし、それが中国や韓国にごちゃごちゃ言われていいことじゃないと思うんですよ。中国人や韓国人は、日本のことをどこまでわかってるんですかね?今日本のことを悪く言ってすりこみ教育してるくせに、よく参拝やめろなんていえたもんだと思う。
で、なぜ靖国参拝が問題になるかって言ったら、A級戦犯がいるからですよね。過去は別にあった彼らを、あとから合祀したわけですよ。彼らの遺族に年金も払われるようになったし、要は、他のまつられている人たちと同じ扱いに、ずいぶん昔になってるわけです。
まぁA級戦犯が戦争を推進したわけだから責めたいのはわかる。どこかに責任をつくりたいのもわかる。けど、戦争なんて、始まってしまったら誰かに責任を問えるものなのかなあ。
今回のイラク戦争みたいに、ブッシュ大統領が「やります!!」って言ったって明確だったらいいけど、第二次が起こったとき、いったい誰がどのような発言をして戦争が始まったかテープでも残ってるんだろうか。東京裁判で死刑がきまった彼ら全員に、ほんとに責任があったのか? それに、戦争推進の発言をしていたとしても、あたしはA級戦犯にそこまで責任があるとは思えない。いつだって風潮ってのはあるから、仕方ない部分だってたくさんあると思う。
戦争中の殺人が罪にならないなら、戦争を起こすことを決めたのだって罪にならないだろう。メディアが発達する前の、国際化が進む前の戦争について罪を問い出したら、日本の過去の歴史的な人物はほとんど犯罪者だ。領土がほしくて戦争する。確かに戦争は起きないにこしたことはないし、起こすべきじゃないけど、領土を広げるために戦争がおきるのって、人間だって動物なんだから当然のことだと思う。動物が縄張り争いをして殺しあうのは「これが自然の厳しさです」なんて言って、人間が戦争で領土を取り合うのは「よくない」って。なんだかなあ。
できるだけ死なないようにするのはいいことだと思うから戦争はできるなら起こさないべきだけど、起きてしまったものについてあとから罪を問うっておかしいだろう。だったら織田信長の墓も徳川家康の墓も「A級戦犯」って言って靖国に持ってくればいい。
A級戦犯っていう罪は、戦争が始まったあとに決まったものだ。それを適用するのっておかしくないか? この間罪を問われる年齢が14か何かに下がったけど、それはあくまで、これから先14以上で罪を犯した人が該当するんであって、それ以前に14以上で罪を犯した人が該当するわけじゃない。新しく法律を設定したら、設定以前のことって罪にならない。当然なのに、なぜA級戦犯は東京裁判にかけられてしまったんだろう。まぁ、アメリカが悪いのはA級戦犯で国民も天皇も悪くないって言ったらしいから、それの影響かもしれないけど。
そしてこれからどうするかって話になるとき、総理が行くとA級戦犯にも敬意を払うことになって問題だけど、行かないとそのほかの戦死者にも敬意を示さないことになる。
そこで今日見た番組ではみっつ示されてて、面白いなあと思ったので書いてみます。
1.A級戦犯の合祀をやめる(分ける)
2.靖国神社を非宗教法人にする
3.新たな参拝施設を作る
これに関する見解が面白かった。
1について、靖国神社の宮司さんは冷静に、「たくさんの霊魂のなかからひとつをつまみだすというのは無理でございます」みたいなことを言っていて。あたしはあぁーなるほど!そりゃそうだ!なんて思ってしまいました。あくまでも靖国神社は宗教法人ですから魂云々の話をするのは当たり前。そう言われたら政府も「魂なんて関係ない!」なんて言ったら本末転倒だから言えない。これは1番は難しいですね。
そして2番について社民党福島みずほが、政府と宗教がむすびつかないように厳しくしてきているのだから論外といってました。確かに、宗教と結びついた政府は危ないし、日本は国営の郵便局から出す切手の柄に宗教を連想させるものがかかれるのも厳しく取り締まっているくらいですからありえないですよね。
そして3つ目について、コメンテーターみたいな人が、戦争に行った人たちは、「生きてても死んでても勝っても負けても靖国で会おう」と約束している人たちがいて(そういうVTRが流れました)、それならば、新施設を作ったところで誰もついてきやしない、といっていてそれもそうだよなあとか。
だめじゃん、にっぽん。八方塞とはこのことですね。
まぁ、これからも解決策を模索することになるでしょう。難しいな国際関係は。
以上、語りでした笑
今日8時から4チャンのウェーク!って番組で取り上げられてたので。
あたしは首相の靖国参拝って間違ってないと思うんです。というか、すべきだ、というより、そんなの個人の自由だって感じ。
首相が国のために頑張ってくれた人たちをまつっている神社を参拝したいと思うならすればいいし、それが中国や韓国にごちゃごちゃ言われていいことじゃないと思うんですよ。中国人や韓国人は、日本のことをどこまでわかってるんですかね?今日本のことを悪く言ってすりこみ教育してるくせに、よく参拝やめろなんていえたもんだと思う。
で、なぜ靖国参拝が問題になるかって言ったら、A級戦犯がいるからですよね。過去は別にあった彼らを、あとから合祀したわけですよ。彼らの遺族に年金も払われるようになったし、要は、他のまつられている人たちと同じ扱いに、ずいぶん昔になってるわけです。
まぁA級戦犯が戦争を推進したわけだから責めたいのはわかる。どこかに責任をつくりたいのもわかる。けど、戦争なんて、始まってしまったら誰かに責任を問えるものなのかなあ。
今回のイラク戦争みたいに、ブッシュ大統領が「やります!!」って言ったって明確だったらいいけど、第二次が起こったとき、いったい誰がどのような発言をして戦争が始まったかテープでも残ってるんだろうか。東京裁判で死刑がきまった彼ら全員に、ほんとに責任があったのか? それに、戦争推進の発言をしていたとしても、あたしはA級戦犯にそこまで責任があるとは思えない。いつだって風潮ってのはあるから、仕方ない部分だってたくさんあると思う。
戦争中の殺人が罪にならないなら、戦争を起こすことを決めたのだって罪にならないだろう。メディアが発達する前の、国際化が進む前の戦争について罪を問い出したら、日本の過去の歴史的な人物はほとんど犯罪者だ。領土がほしくて戦争する。確かに戦争は起きないにこしたことはないし、起こすべきじゃないけど、領土を広げるために戦争がおきるのって、人間だって動物なんだから当然のことだと思う。動物が縄張り争いをして殺しあうのは「これが自然の厳しさです」なんて言って、人間が戦争で領土を取り合うのは「よくない」って。なんだかなあ。
できるだけ死なないようにするのはいいことだと思うから戦争はできるなら起こさないべきだけど、起きてしまったものについてあとから罪を問うっておかしいだろう。だったら織田信長の墓も徳川家康の墓も「A級戦犯」って言って靖国に持ってくればいい。
A級戦犯っていう罪は、戦争が始まったあとに決まったものだ。それを適用するのっておかしくないか? この間罪を問われる年齢が14か何かに下がったけど、それはあくまで、これから先14以上で罪を犯した人が該当するんであって、それ以前に14以上で罪を犯した人が該当するわけじゃない。新しく法律を設定したら、設定以前のことって罪にならない。当然なのに、なぜA級戦犯は東京裁判にかけられてしまったんだろう。まぁ、アメリカが悪いのはA級戦犯で国民も天皇も悪くないって言ったらしいから、それの影響かもしれないけど。
そしてこれからどうするかって話になるとき、総理が行くとA級戦犯にも敬意を払うことになって問題だけど、行かないとそのほかの戦死者にも敬意を示さないことになる。
そこで今日見た番組ではみっつ示されてて、面白いなあと思ったので書いてみます。
1.A級戦犯の合祀をやめる(分ける)
2.靖国神社を非宗教法人にする
3.新たな参拝施設を作る
これに関する見解が面白かった。
1について、靖国神社の宮司さんは冷静に、「たくさんの霊魂のなかからひとつをつまみだすというのは無理でございます」みたいなことを言っていて。あたしはあぁーなるほど!そりゃそうだ!なんて思ってしまいました。あくまでも靖国神社は宗教法人ですから魂云々の話をするのは当たり前。そう言われたら政府も「魂なんて関係ない!」なんて言ったら本末転倒だから言えない。これは1番は難しいですね。
そして2番について社民党福島みずほが、政府と宗教がむすびつかないように厳しくしてきているのだから論外といってました。確かに、宗教と結びついた政府は危ないし、日本は国営の郵便局から出す切手の柄に宗教を連想させるものがかかれるのも厳しく取り締まっているくらいですからありえないですよね。
そして3つ目について、コメンテーターみたいな人が、戦争に行った人たちは、「生きてても死んでても勝っても負けても靖国で会おう」と約束している人たちがいて(そういうVTRが流れました)、それならば、新施設を作ったところで誰もついてきやしない、といっていてそれもそうだよなあとか。
だめじゃん、にっぽん。八方塞とはこのことですね。
まぁ、これからも解決策を模索することになるでしょう。難しいな国際関係は。
以上、語りでした笑
2006'07.11 (Tue)
Art Expo SCENE.2006
FC2さんでまだモブログのケアがされていないので8日あたりに送った記事が反映されてません。。。
あーほんと暗くはないと思うんですけど気にしすぎてしまう。色んなことを気にできることはデリカシーがないより100倍ましだと思ってるけど、今自分が後悔してるのはデリカシーがないことを言ってしまったことなんだからなんだかよくわからない。あたしの行動ひとつで何が変わるわけでもないのはわかってるけど、それでも。結局周りの評価が気になる羞恥心ばかりの小心者ってことです。少し前まで自己嫌悪とかしまくってる人のこと、じめじめするしもう少しどうにかならないの?って思ってたんですが、この1年くらいはその気持ちよくわかるなあと思っています。それって進歩なのか退化なのか…。
今日は午前中委員会でだらだら仕事したりしなかったり本音トークしたりして、その後委員長とFとお昼食べに行きました。また本音トーク笑 ちょっとすっきりしました。
その後新宿エルタワービルの『Art Expo SCENE.2006』に行ってきました。版画展示販売会なので展示してある絵に値段がついてて、あたしには到底届かない値段で、まさに買おうとしてる人がいて、共同のものだったらみんなが見れるのにこの人が買ったらもう見れないんだと思って悲しくなりました。
今までヨーロッパに住んでいて美術館は数えきれないほど行ったので中世の絵は見てるんですが、現代はそんなに知らなくて、たまたま好きなラッセンも展示されているということで広告を見て行きました。
好きな作家さんがたくさんできちゃいました!!
まずクリスチャン・ラッセンはほんとにすごい。主に海を、すごくリアルに描くんですよ。展示されていた中では、「ミッドナイトドリームズ」の色合いがすごく好きで、あとは「ドーンオブニューエラ(L)ROC」がめちゃくちゃ綺麗でした。ラッセンの技法って謎だったんですが、“ミクスドメディア+手彩色”って書いてあるのが多かったので、調べてみようと思います♪
そして広告を見た時点で惚れ込んでいたのが笹倉鉄平さん。すごい素敵なんです!!お勧めは「プティ・ボヌール」「芸術家村の通り」。あったかくて夢の世界みたいな色使いなんです。笹倉さんは“シルクスクリーン”という技法らしいので、これも調べてみたいです。というか修得したいです。
さらに、平凡&陳淑芬さん。広告の「モノクロームなロマン」の右から2番目の人がすごく雰囲気があって、それをみた時点で惚れてました笑 展示はカラーもいくつかあって、どれも女性の肌と瞳と髪、あと花がすごく綺麗なんです。画集があったら買いたいですよ。
そしてもう一人、カーク・レイナートさん。人の手で描かれたとは思えないすっごくなめらかな肌や空、花びら。その色と光の美しさに感動です。技法は“シバクローム”らしいです。
あと、きたのじゅんこさんもすごいなと思いました。色鉛筆や水彩でしょうか?すごくタッチが柔らかいのが素敵です。技法は“リトグラフ”が多いようです。
島倉仁さんの「ジーズデイズ」はすごく綺麗だと思いました。目がさめるような青がいいです。
あと、プレートが貼ってなくて確かじゃないんですが、おそらく山地司さんの描いたものと思われる、緑色の光を放った夜の絵もとても好きです。
ノーマン・ロックウェルさんの「小さな恋人達DX」もいいなと思いました。
さらに、尊敬するアルフォンス・ミュシャの作品も出ていて嬉しかったです。
お金があればー!!と思うような作品がたくさんありました。作品集やポストカードがほしいです。
ラッセンの「マザーズサンライズ」のポスターを貰いました。額に入れて飾りたいです。
今日この美術展に行ったことで、あたしの夏休みの課題が足されました。まとめて書きます。
・各種宿題
・英語の問題集
・数学の復習
・生物の復習
・できたら古典文法
・NOVA通い詰
・漢検の勉強
・短編を一本書く
・そしてできたら理文を決めたい(切実)
そして、
・スケッチブック1冊分絵を描く
夏だし。時間あるし。甘えずにいきたいし。やれるだけやりたいです。
そういえば今日友人が「3年生がみんな学芸大学行くんなら暇だろうけど〜」みたいなこと言ってて、「……」って感じでした。
確かに学芸大学、あまり高いとは言えないでしょうよ、東大や医学部当たり前なんていううちの高校の生徒たちから見ればね。特にその子の親は早慶なんか低いとか言ってるようだし。
けどさぁ、あたし受ける候補に入ってるのに。美術で受けるなら学芸大学なのにな。きっとその子は口にはしなくても、あたしが学芸大学行ったら「あら低い」って思うんだろう。そうやって見下されるんだろう。あたしがそれがいいと思ってした決断でも、馬鹿にされるんだろう。そういうのって嫌だけど、そういうとこだからあたしはうちの高校に入ったことを後悔してるけど、でも、あたしの結果が妥協ならその先に目標を持つことをおこたらず、あたしの結果が決断なら、人の評価よりあたしの決断を誇れるように強くありたい。
かく言うあたしだって、成功は偏差値じゃないって理屈では思ってるけど、世間から見て悪いレベルではない名前である学校に通ってきて、そういう偏見を少なからず持ってる。
あたしの中学だって頭いいやつらの学校で、あたしはその当時は上のほうにいて、だから中学で競いあってた人が学芸大学行けば「もったいない!もっといいとこ行けるのに!」って思ってしまう。そしてお世辞でもあたしにそう言ってくれる人もいる。
…でもそれは中学までのあたしの印象で、勉強なんてしなければ簡単にできなくなる。今は学芸大学だって受かりますって自信持って言えない。どんな評価も、受からなければ受験じゃ最低だ。そろそろ始めなきゃ。神経質になることはしたくないけど、2年の夏はターニングポイントだなって思う。
ま、これであたしが勉強するようになるかどうか見物です笑 口だけなら言うの簡単だしね。しないでいいなら勉強なんてしたくないしね。あーぁ。
あーほんと暗くはないと思うんですけど気にしすぎてしまう。色んなことを気にできることはデリカシーがないより100倍ましだと思ってるけど、今自分が後悔してるのはデリカシーがないことを言ってしまったことなんだからなんだかよくわからない。あたしの行動ひとつで何が変わるわけでもないのはわかってるけど、それでも。結局周りの評価が気になる羞恥心ばかりの小心者ってことです。少し前まで自己嫌悪とかしまくってる人のこと、じめじめするしもう少しどうにかならないの?って思ってたんですが、この1年くらいはその気持ちよくわかるなあと思っています。それって進歩なのか退化なのか…。
今日は午前中委員会でだらだら仕事したりしなかったり本音トークしたりして、その後委員長とFとお昼食べに行きました。また本音トーク笑 ちょっとすっきりしました。
その後新宿エルタワービルの『Art Expo SCENE.2006』に行ってきました。版画展示販売会なので展示してある絵に値段がついてて、あたしには到底届かない値段で、まさに買おうとしてる人がいて、共同のものだったらみんなが見れるのにこの人が買ったらもう見れないんだと思って悲しくなりました。
今までヨーロッパに住んでいて美術館は数えきれないほど行ったので中世の絵は見てるんですが、現代はそんなに知らなくて、たまたま好きなラッセンも展示されているということで広告を見て行きました。
好きな作家さんがたくさんできちゃいました!!
まずクリスチャン・ラッセンはほんとにすごい。主に海を、すごくリアルに描くんですよ。展示されていた中では、「ミッドナイトドリームズ」の色合いがすごく好きで、あとは「ドーンオブニューエラ(L)ROC」がめちゃくちゃ綺麗でした。ラッセンの技法って謎だったんですが、“ミクスドメディア+手彩色”って書いてあるのが多かったので、調べてみようと思います♪
そして広告を見た時点で惚れ込んでいたのが笹倉鉄平さん。すごい素敵なんです!!お勧めは「プティ・ボヌール」「芸術家村の通り」。あったかくて夢の世界みたいな色使いなんです。笹倉さんは“シルクスクリーン”という技法らしいので、これも調べてみたいです。というか修得したいです。
さらに、平凡&陳淑芬さん。広告の「モノクロームなロマン」の右から2番目の人がすごく雰囲気があって、それをみた時点で惚れてました笑 展示はカラーもいくつかあって、どれも女性の肌と瞳と髪、あと花がすごく綺麗なんです。画集があったら買いたいですよ。
そしてもう一人、カーク・レイナートさん。人の手で描かれたとは思えないすっごくなめらかな肌や空、花びら。その色と光の美しさに感動です。技法は“シバクローム”らしいです。
あと、きたのじゅんこさんもすごいなと思いました。色鉛筆や水彩でしょうか?すごくタッチが柔らかいのが素敵です。技法は“リトグラフ”が多いようです。
島倉仁さんの「ジーズデイズ」はすごく綺麗だと思いました。目がさめるような青がいいです。
あと、プレートが貼ってなくて確かじゃないんですが、おそらく山地司さんの描いたものと思われる、緑色の光を放った夜の絵もとても好きです。
ノーマン・ロックウェルさんの「小さな恋人達DX」もいいなと思いました。
さらに、尊敬するアルフォンス・ミュシャの作品も出ていて嬉しかったです。
お金があればー!!と思うような作品がたくさんありました。作品集やポストカードがほしいです。
ラッセンの「マザーズサンライズ」のポスターを貰いました。額に入れて飾りたいです。
今日この美術展に行ったことで、あたしの夏休みの課題が足されました。まとめて書きます。
・各種宿題
・英語の問題集
・数学の復習
・生物の復習
・できたら古典文法
・NOVA通い詰
・漢検の勉強
・短編を一本書く
・そしてできたら理文を決めたい(切実)
そして、
・スケッチブック1冊分絵を描く
夏だし。時間あるし。甘えずにいきたいし。やれるだけやりたいです。
そういえば今日友人が「3年生がみんな学芸大学行くんなら暇だろうけど〜」みたいなこと言ってて、「……」って感じでした。
確かに学芸大学、あまり高いとは言えないでしょうよ、東大や医学部当たり前なんていううちの高校の生徒たちから見ればね。特にその子の親は早慶なんか低いとか言ってるようだし。
けどさぁ、あたし受ける候補に入ってるのに。美術で受けるなら学芸大学なのにな。きっとその子は口にはしなくても、あたしが学芸大学行ったら「あら低い」って思うんだろう。そうやって見下されるんだろう。あたしがそれがいいと思ってした決断でも、馬鹿にされるんだろう。そういうのって嫌だけど、そういうとこだからあたしはうちの高校に入ったことを後悔してるけど、でも、あたしの結果が妥協ならその先に目標を持つことをおこたらず、あたしの結果が決断なら、人の評価よりあたしの決断を誇れるように強くありたい。
かく言うあたしだって、成功は偏差値じゃないって理屈では思ってるけど、世間から見て悪いレベルではない名前である学校に通ってきて、そういう偏見を少なからず持ってる。
あたしの中学だって頭いいやつらの学校で、あたしはその当時は上のほうにいて、だから中学で競いあってた人が学芸大学行けば「もったいない!もっといいとこ行けるのに!」って思ってしまう。そしてお世辞でもあたしにそう言ってくれる人もいる。
…でもそれは中学までのあたしの印象で、勉強なんてしなければ簡単にできなくなる。今は学芸大学だって受かりますって自信持って言えない。どんな評価も、受からなければ受験じゃ最低だ。そろそろ始めなきゃ。神経質になることはしたくないけど、2年の夏はターニングポイントだなって思う。
ま、これであたしが勉強するようになるかどうか見物です笑 口だけなら言うの簡単だしね。しないでいいなら勉強なんてしたくないしね。あーぁ。
2006'06.21 (Wed)




